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「お願い、します。これは刑事である貴方にしか頼めない事なんですよ、高階さん」
青年の第一声は、私の心を酷く揺るがした。そこで生まれた二種類の感情は、私の理性を溶解させるがごとく鬩ぎ合う。それはまるで、互いが互いを否定し合う夫婦喧嘩のように。
最も心中を占めていたのは、嫌悪にも似た不快感だった。小さい頃から実の弟のように可愛がっていたのだと、妻が以前話していたのを覚えている。にも拘わらず、この男は妻の葬儀にも参加せず、あまつさえこの十年、悔やみの電話一本寄越さなかった。そのくせ、自分のこととなると真冬の深夜にでも足を運ぶのだ。薄情な奴だと思うのは無理もなかった。
しかし同時に、職業病とも言うべき好奇心も首を擡げていた。謹慎の命を受けて早一週間。人からすれば短い期間かも知れない。けれども私にとって、それは身を焼かれるような、拷問にも等しい堪えられぬ処遇だったのだ。
決意が固まり切らない内から、私の脳が、そして口が、それらは独立した生き物のように動き始めていた。
「話だけでも、聞いてみようか」
――貴方は根っからの刑事ですもの。
生前、口癖のように言っていた妻の言葉を噛み締めながら、私は青年と向き合った。
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