迷子侍

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迷子侍

「楓、僕はこの道場を出て行くよ」  あの頃の私には、どうして兄があんな決断をしたのか、さっぱり理解できなかった。 「どうして、ですか? まだ兄さんは鬼殺しの任にはつけないはずでは…?」 『鬼殺し』  世界中に蔓延る謎の化け物――鬼を殺す役職をそのまま指し示している。  私たちが旅の果てに身を置いた道場では、この鬼殺しを育成し、やがては世界中の鬼を殺す旅に出なければならない。  しかし、それは十六歳を越え、さらには道場の主たる師匠に認められなければ、鬼殺しの任につくことはなく、道場を出ることはできないはずだった。 「鬼殺しにはならないよ」 「なら…! なら、どうして、出て行くのですか?」  家族を全て鬼に殺され、世界の隅にて、誰にも知られることなく死のうとしていた私を、ただ一人救ってくれた兄さん。  その兄さんが、いなくなる。  そんなこと、たえられるはずがない。 「旅に出るよ。元々ただの旅人だったんだし」 「私は……連れて行ってもらえますか?」  そうだ。  兄さんは道場を出て行くだけで、私と離れるわけではない。  それが最後の希望だった。 「いや、それじゃあ僕がここを出る意味がなくなる。 僕は、君に殺されたくないんだ」  何かが音も立てず、暗闇に落ちた気がした。
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