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   僕は初めて人を殺した時の事を、今でも鮮明に思い出せる。  飯塚香織(いいづかかおり)とは知り合いだった。年齢が一つ上というだけで、自分よりも遥かに大人に見えた。口や目、感情の起伏は小さかったが、時折慎ましく笑う。その時揺れる黒い髪が印象的で、まるで花が咲いたようだと思った。  彼女は死ぬ瞬間、どのような悲鳴を上げて、どのような表情を見せるのだろう。きっかけなんてそんなものだった。そんなもので、人を殺せてしまう。  彼女の家は学校から少し離れた小さな山の中腹に存在し、人気がほとんど無い。彼女が下校する際、襲うことに決めた。  雪がちらつく、とても寒い夜だった。 「声を出さないでください」  後ろからナイフを喉に回し、耳元で囁いた。彼女は、体を震わせる。こちらへ。その体勢のまま、道を外れ、山の中へ入った。この時に、まだ顔を見せない。 「な、何をするんですか?」  これから彼女は、死ぬ。僕が、殺す。それを明確に伝えなければならない。生きることができる、という希望を与えてはいけない。何もしなければ、何もしない。今から言うことを、実行しろ。これでは、生ぬるい。 「今から貴女を殺します。安心してください、逃げることは出来ません。殺されて発見されることもないでしょう」  言って、彼女をこっちに向くよう促した。  彼女は、僕が今まで見たことも無い表情をして見せた。死を確信したものか、それとも生きることへの羨望か。僕の顔を見た彼女は、絶望したのだ。彼女の表情は、心をくすぐった。 「意外でしたか? 僕がこんな事するなんて」  嘘だ……。そう聞こえた。 「……残念ながら、嘘でも冗談でもありません。僕は今から貴女を殺します。貴女が僕に対して慎ましく笑う時、僕はいつも想像していました。笑顔の素敵な貴女は、残酷な今際にどんな表情を見せるのだろうと」  ナイフを喉元のまま一歩、彼女に近寄った。彼女は一歩、後に下がる。もう一歩、そしてもう一歩。反発しあう磁石のように。  彼女の口から、息が漏れた。
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