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手をのばせば、なんでも掴めるような気がしていた。
物心ついたばかりの小さい頃の俺は、何も知らないぶん、幸せだったと今なら思う。
優しい母、裕福な家庭。
代々の名家と言われる家に生まれた。
欲しいと言えばなんでも手に入った。
父は養子で肩身の狭い思いをしながら過ごしていただろう。
母が病で亡くなり、父はその半年後に再婚をした。
母が亡くなったばかりだというのに、再婚をした父は母とうまくいっていなかったのだろう。
父と呼ぶにも、あまり接することのなかった人だ。
俺には何もわからない。
新しい母として紹介された女は、小学生にもならない俺に冷たい視線を投げかけた。
何もしていないのに嫌われていた。
父に言われて、その新しい母が俺の面倒をみる。
とはいっても、使用人に任せきりだった。
ただ、ある日いきなり俺は殴られ蹴られるようになり、屋敷の中で孤立した存在となっていく。
父はいるようでいない人だ。
俺のことも眼中になかっただろう。
俺がどうあっても気にも止めなかった。
裕福な家庭のお坊ちゃんは、いきなり家畜扱いになって、新しい母は使用人にも俺を家畜扱いさせた。
母が亡くなり、新しい母に甘えたかった俺の心は見事に挫かれ、幼稚園へ行かせてもらうこともなく、屋敷の隅で過ごす毎日だった。
そんな新しい母も父と離婚したのだろう。
屋敷からいなくなった。
俺のことなんか眼中にない父でも、さすがに家畜扱いに気がついてくれたのか。
ただ、父がそういう人なのか、また新しい母がやってきた。
これが8才までの母となる、俺を無視し続けた人だ。
先の母にやられた身体的な傷と、更に追い討ちをかけるように精神的な傷を埋め込む人。
俺は、人と話すこともなく、一人で食事をとって生きた。
なんでもあるはずの家に生まれて、何も与えられずに育った。
一番欲しかったのは、温もりと愛情。
誰もそれを与えてはくれなかった。
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