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夢をみるなら、なんでもない普通の家庭の普通の子供。
父がいて、母がいて。
会社員でも共働きでも専業主婦でもなんでもいい。
ありふれた「普通」を望むだけ。
私立の中学の制服を着て、俺は使用人が用意してくれた朝食を食べる。
食事を済ませてコーヒーを飲んでいると、この無闇に広い食事室に奈己さんが入ってきた。
寝癖のついた髪は肩まで伸びた薄い茶色。
35にしては若い顔はメイクもしていない。
着ているものは…ローブ1枚だ。
「おはよう、ナオト。早いわね。学校?」
俺の母親という意識のない彼女は、欠伸をしながら俺の座ってる席のそばまできて、ローブをはだけさせて俺に背後から抱きついてくる。
…娼婦。
俺は彼女をそう思う。
コーヒーカップを置いて立ち上がる。
「行ってきます」
「いかなくていいのに。早く帰ってきてまた遊ぼうね」
奈己さんのそんな言葉に送られて俺は部屋を足早に出る。
玄関を出ると車が俺を待っていた。
「お早う御座います、お坊ちゃま」
俺に深々と頭を下げ、後部座席の扉を開ける初老の男は運転手の坂木さんだ。
これでも…、こんな生活をしていても、俺は神崎の一人息子らしい。
家畜扱いのときには、こんな対応もなかったけど。
車に乗り込むと、坂木さんが扉を閉めて、俺は学校へと連れて行かれる。
どこぞの金持ちの子息令嬢ばかりが通う私立中学。
高校も大学もエスカレーターってやつで、たいして勉強しなくても、通うことなくても、卒業できるところだ。
車から降りると鞄を持たされ、いってらっしゃいませと送り出される。
「坂木さん、帰りは寄り道して帰るので迎えはいりません」
「わかりました。必要になったときにお呼びください」
こんな中学生に毎日敬語なんてよく使えるなと思う。
それが仕事なのだろうけど。
俺が校舎に入るまで坂木さんは見送る。
……坂木さんの子供でもいいと思う。
あの父とあの家以外の、普通の家庭がいい。
母はいらない。
もう…いらない。
奈己さんも早く出ていってしまえばいいのに。
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