思い出と幻想と

7/10
前へ
/76ページ
次へ
女が鍵を探してうろついているのがどこかおもしろく見えて、俺は鍵を隅に蹴り飛ばしてやろうとした。 その時、俺の目の前の鍵に手がのびてきた。 「あったーっ!って、ちょっと。今、蹴ろうとしたでしょっ?」 女が俺を睨みあげる。 無視だ、無視。 俺は女を無視して歩きだす。 「ちょっと待ちなさいよっ。ボンボン中学の制服きたそこの中坊っ」 完全に俺のことだ。 噛みついてくるとは思わなかった。 ひたすら無視して歩いていると、腕をいきなり引っ張られた。 目の前にさっきの女の顔が見える。 「無視すんなっ!金持ちだからって庶民を馬鹿にしてんじゃないっ!中学生のくせにっ」 うるさい。 「蹴る前だったからいいだろ。なに?金欲しいの?だから絡んでくるわけ?」 俺が財布を出そうとしたら、思いきり頭を叩かれた。 いって! 「だから馬鹿にすんなよ、この中坊がっ!あんたに恵まれるほど落ちちゃいないし、カツアゲしてるわけでもないっ!謝れっ!」 「……すみません」 あまりの迫力に気圧されて言うと、女はうんと頷き笑顔を見せた。 「言えるじゃない」 女はそれだけ言うと、俺の前を歩き出す。 俺は少し呆然と女を見ていた。 なんなんだ…? それだけ?本当に? 女の背中を見ていると、俺の視線に気がついたのか女が振り返る。 「なに?ボンボン中学生、そんなに金恵みたいの?」 「だ、誰がっ」 「あははっ。家、どこ?駅まで一緒にいく?」 女は明るく言ってくる。 別に…、その女に興味を持ったわけでもないけど…。 なんとなく、一緒に駅に向かっていた。 「ねぇねぇ、ボンボン中学生。よく見ると、あんた、すっごい整った顔してない?モテるでしょ?」 「……」 「なに?無言?無視?髪、さらっさらだね。坊主にしちゃえば?」 「誰がっ」 「あ。聞いてるじゃない。飴食べる?」 なんて、俺はその女のペースに巻き込まれてしまっていた。 駅で別れる時には、俺の手には飴だのなんだの持たされていて。 「またね、ボンボン中学生」 なんて名前も告げずに嵐のように消えていった。 俺も名前、言ってないけど。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

270人が本棚に入れています
本棚に追加