聖なる息子のピンチ

5/8
前へ
/80ページ
次へ
振り返ると、そこには文香の姿。 「電話の声、聞こえたわ」 「へ、へぇ」 しかしいつもの文香ではない。 オレは思わずたじろいだ。 「なんであなたがやらないの?」 「いや、なんというか……」 声にいつもの明るさはない。 「私、いつも言ってるわよね? "人に迷惑をかけるな。かけられる人間になれ"って……」 「は、はい」 それは彼女の裏の顔。 「だったら……」 言い換えればつまり── 「仕事はあなたがやりなさーい!」 恐妻モードに入ったことを示すサインだったから。 「ぎゃあー! ギブアーップ!」 細い腕で強烈な羽交い締めにされ、必死に手をばたつかせて降参を表す。 「だったらちゃんと謝りなさい!」 耳元で怒鳴られ、 「すいませ……」 「私にじゃない! 会社の人に!」 オレは震える手で携帯電話を耳に当てた。 「わ、悪かった。その仕事は明日、オレが責任を持って片付ける」 途端、全身にかかる圧力がスッとなくなる。 「よろしい。さっ、おいしい夕飯が出来てるわ。健太と待ってるから、あなたも早くきてね」 そしてかわいらしい顔でニコッと笑い、語尾にはハートマークでもつきそうな声で言うと、文香はルンルンとリビングに戻っていった。
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!

46人が本棚に入れています
本棚に追加