46人が本棚に入れています
本棚に追加
振り返ると、そこには文香の姿。
「電話の声、聞こえたわ」
「へ、へぇ」
しかしいつもの文香ではない。
オレは思わずたじろいだ。
「なんであなたがやらないの?」
「いや、なんというか……」
声にいつもの明るさはない。
「私、いつも言ってるわよね? "人に迷惑をかけるな。かけられる人間になれ"って……」
「は、はい」
それは彼女の裏の顔。
「だったら……」
言い換えればつまり──
「仕事はあなたがやりなさーい!」
恐妻モードに入ったことを示すサインだったから。
「ぎゃあー! ギブアーップ!」
細い腕で強烈な羽交い締めにされ、必死に手をばたつかせて降参を表す。
「だったらちゃんと謝りなさい!」
耳元で怒鳴られ、
「すいませ……」
「私にじゃない! 会社の人に!」
オレは震える手で携帯電話を耳に当てた。
「わ、悪かった。その仕事は明日、オレが責任を持って片付ける」
途端、全身にかかる圧力がスッとなくなる。
「よろしい。さっ、おいしい夕飯が出来てるわ。健太と待ってるから、あなたも早くきてね」
そしてかわいらしい顔でニコッと笑い、語尾にはハートマークでもつきそうな声で言うと、文香はルンルンとリビングに戻っていった。
最初のコメントを投稿しよう!