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 東京の町並みの一角、小さな海鮮料理屋に武蔵と佐伯はいた。  そこは蒸し返すような夏の熱気から料理を守るためか、はたまた客を守るためか、外界の温度とはうって変わって、ひんやり涼しい。  そのせいかそこまでの道中で滲んだ汗が武蔵の身体を冷やしていた。  目の前に広がる色とりどりの料理を前に軽く身震いすると、向かいに座っている佐伯が心配そうに首を傾げた。 「寒い?」  武蔵は少し俯きながら大丈夫、と首を横に振った。  伏せられている顔はほんのり桜色に染まっていた。  些細な佐伯の気づかいが武蔵にとっては、嬉しくて、同時に恥ずかしくもあった。  それは数日前ある出来事が起因している。  本来この店に来るはずだった数日前、武蔵は風邪を引いたにも関わらず佐伯との大会の練習をし、結果倒れてしまった。  結局その日は医務室から自宅まで佐伯に送られ、海鮮料理はまた後日という話になった。  どうして家で休んでいなかったのか、と問う佐伯に、武蔵はその日食べるはずだった料理がどうしても食べたいものだったのだということにした。  もちろん本当にそれが理由で無理した訳ではない。  理由など言えるはずがなかった。  けれどその理由を佐伯が知るはずもなく、彼はあっさり納得した。  そのせいか、いざ目当ての料理屋へ行くという今日、道中から今に至るまで佐伯は妙に含み笑いを浮かべていた。 「まあ、ちょっとくらい寒くても大丈夫だよね? 熱出して倒れてでも来たかった所なんだから」 「なっ! そっそれはっ」 「あれ? 違うの」 「う……違いま、せん」  肘をついて顎を掌で支え、佐伯は再びからかうように微笑む。  反論出来ない武蔵は、力なく眼前に横たわっていたおしぼりの包装を破いた。  室内にビニールの音が静かにこだまする。  おしぼりの暖かさに顔を緩めると、佐伯の顔から笑顔が消えた。
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