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銃撃音と、地響きに似た震動が脳髄まで到達し、感覚をうばわれる。
実際、その兵士は何も感じていなかった。
永遠のように続く戦火の中で、五感と心がマヒしていたのだ。
そして今、幾千もの弾が飛びかっている空を、何もないかのようにぼんやりと見つめている。
「こら! そこ! 何をしている!! 撃たんか! 撃たんかぁ!」
バリケードのうしろから、彼の上官がわめきまがいの激を飛ばす。
その声にはっとした彼は、背負っていた銃に急いで弾をこめ、バリケードの上にかまえた。
現在、皿のようにへこんだこの盆地では、はげしい銃撃戦がおこなわれている。
バリケードは大きく分けて2つあり、平行して向かいあっていた。
そこに数えきれないほどの兵隊がいる。
敵側のバリケードの上には、黒と赤と黄の横じまの旗が強い風ではためいていた。
つまり敵側のバリケードにかくれている軍隊は、まぎれもなくドイツ軍だ。
そして今、銃撃戦いは止めどなく続いている。
かれこれ数時間も。
彼は敵側に銃口を向け、安全装置をはずした。
狙撃手になった理由は、目がいいからだった。
離れた場所にある敵側のバリケードでさえ、鮮明に見ることができた。
あいかわらず銃弾が行きかっている。
さらには爆発音がして、かなり遠くに何かが落ちた。
ドイツの毒ガス弾だ。
そんな中、敵兵の大男が1人、雄叫びをあげながらこちらにむかって走ってくる。
狂ったとしか思えない、大胆不敵な行動だ。
爆音に頭をやられたのかもしれない。
兵士はその大男に狙いをさだめ、姿が円形の中の十字にさしかかったところで引き金をひいた。
耳をつんざく音とともに、うでに鈍い衝撃が走る。
そして、命中。
銃口から放たれた弾が、迷彩柄のヘルメットに穴をあけた。
一瞬、大男が飛び出てしまいそうなほど目を見開く。
その一帯だけ、まるで時間が止まったかのように思えた。
そして、大木が倒れるかのようにゆっくりと臥し、大男はあっというまに息をひきとった。
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