序章:戦場に降り立つ子

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 自分の銃が人の命をうばい、この手が血で汚れた。  そんなことを頭の中で考える。  だが、罪悪感や良心の呵責などほとんど沸いてこなかった。  死と背中あわせの戦場では当たり前のことだ、と割りきってしまったのだ。  そう、平和な世界では極刑にすらあたいする行為が、ここでは正当化される。  だから、命を殺めたというのに心がゆらぐことはなかった。  それほどに強い麻酔……。  次の弾をこめ、標的を選んでいたその時──爆音とともに、となりにいた仲間が見えなくなった。  肌に熱をおびた爆風がかかり、砂塵が舞う。  悲鳴のがして、しばらくすると静かになったが、必死にしぼり出したうめき声がきこえた。 「ア゛ッ、ガ……ダズゲ……デッ……」  だが、兵士は見むきもしない。  血の臭いが鼻をついたが、それすら関係ないらしい。  それもそうだ。  今にもこときれてしまいそうな怪我人を見ているひまなど、ない。  感傷にひたれば、いつ死ぬことになるかわからないのだ。  倫理すらねじまがる……  彼は敵側のバリケードに集中した。  次に出てきた敵軍を撃ち殺すつもりで。  だが、その手はふるえていた。となりでうめき声が聴こえるのもある。  が、実質は多少の恐怖が植えつけられたことによって起こっている。  その恐れは同志が消えることに対してでもなく、人の命をうばうことに対してでもない。  彼自身が死んで、帰れなくなること。  ただ、それだけ。  だが、彼には家族がいない。  みな敵国の空爆でふき飛んでしまったのだ。  そのかわり、彼には恋人がいる。  今この時も、独りで彼の帰りを待っている。  いつ死ぬかもわからないのに、それでもなお。  だから彼は自分に言い聞かせた。  ──生きるために人を撃つのだ、と。  今すぐ彼女を抱きしめられるなら、どれほどいいだろう。  そんなことを何度も考えてしまう。 〔だから、生きよう。もういちど彼女の笑顔を見るために……〕  意思をかため、しかと敵側のバリケードを見つめた。  最善の注意を払い、スコープの中を見る。  だが、その先には──戦場にあってはならない、不可思議なものが立っていた。
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