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いつのまにか、敵からの銃撃がおさまっている。
それに気づいたこちらの軍も、まばらに撃つのをやめていく。
「こら! 貴様ら! 早く撃たんか!! 今は好機だ!」
上官の声が戦場にこだました。
だが、戦いを再開しようとする者はいない。
何時間も続く激戦で疲れはてていたからだ。
そのほとんどが期待をこめた目で、もしかしたらドイツ軍が降伏するのではないか? と言わんばかりに敵側を見つめている。
そして、兵士もそうであってほしいと願っていた。
沈黙が続く。
すると次の瞬間──敵側のバリケードの上で、いきなり砂嵐が巻きおこった。
毒ガスが蔓延しているあのあたりだ。
舞い上がった砂が戦場にいる人たちの顔にぶつかり、だれもが目を細めた。
上空で旋回していたカラスたちは突風にあおられ、ギャアギャア鳴きながらちりぢりに逃げていく。
だが、そのすさまじい砂嵐はわずか5秒ほどで勢力を弱め、すっと消えていった。
だんだん視界が良好になる。
それとともにカラスたちが戻ってきて、ふたたび空をおおいつくした。
兵士は目に入った砂を取るために、手袋をはめた手で目をこすった。
すると、彼の涙目に見慣れないものが映った。
敵側のバリケードの上に、えたいのしれない、小さな黒い物体があらわれたのだ。
それは砂煙がおさまるにつれて、すがたをあらわにしていく。
まるで、黒いカラスが地へ降りたったようだと、兵士は思った。
そこに目が釘づけになってしまう。
さらに、それは他の兵隊たちも同じだった。
少しずつ砂煙が地にふりつもり、さらに視界がマシになる。
そして、彼はついにその黒い物体の正体をその目でとらえた。
すると、驚愕した。
〔……子供!?〕
敵側のバリケードの上に立っていたのは、まぎれもなく子供だった。
その少年は、戦場におもむくにはまだおさなすぎる。
あの背丈から考えて、まだティーンエイジャーですらないだろう。
ドイツ軍のガスマスクを装備しているものの、武器をひとつも持っていないところを見ると、少年兵でもないらしい。
それに、ドイツ軍もそこまでせっぱつまってはいないはずなのだ。
よく見てみると、少年が着ている服は上から下まで黒ずくめ。
さらに、はだは褐色ときた。
どこもかしこも、真っ黒な子供……
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