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「寝てんの?」
それはそれは陽気のいい午後だった。
もうじき夏がやってくる。
梅雨時期の晴天。
のそのそと非常階段から屋上へ這い上がってきた香椎。
誰も居ないか、誰か居るか、皆居るか、星くんだけ居るか。
ラッキーなことに最後だった。
上がってきたまんまの格好、四つん這いでずりずりと動かない星に寄っていく。
日常茶飯事。
覗いた星の唇の横にはまだ出来たばかりの瘡蓋。
おそらくどこかで喧嘩でもしてきたのだろう。
それで疲れて眠っている、そんなところだ。
「星くーん、」
極めて小さな声。
わざとだ。
起きないようにわざとだ。
恋というのは煩わしいもので。
ぼーっとした何も考えない時間にすら入り込んでくる。
別にどうこうしたいだとか思わなくても、体が勝手に枯渇する。
知らなければよかったのに。
今、寝ている星のその唇は、食事を摂るのと、いろんな言葉を発するのと、こうしている間にも無意識に呼吸する為と。
あの美人な恋人に口付ける為にある。
けっして自分が許可無く触れていいものではないのだ。
ううっと寝返りをひとつ。
横向きになってゴテンと落ちた頭。
もともと刈り上げた頭だから隠れるところなどないのだが。
ゆっくりと、その首と肩のちょうど付け根に。
唇を押し当てる。
触れてはいけないところには、触れちゃあいけないから。
だから・・・・
なあんて、香椎が思うわけもなく。
ちゅううっと、くっきり跡がつくほどに吸い付く。
喧嘩は嫌いじゃあない。
自分のでも他人のでも。
あんな小さな跡ひとつ、自分の予想を覆すような結果なんて期待しちゃいない。
好きって、その唇が形取ったら、どんなに素敵なことなんだろう。
「…香椎!?」
気配に目が覚めたらしい星の瞳には近距離での香椎の顔。
それに少し驚いたようだ。
「おはよう」
「…なんかしたか…?」
「なんも?」
しれっとした香椎の顔からは星は何も読み取れなかった。
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