梓良[しら]

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 なかったのではない。  ただ、あの日梓良の前に広がっていたのは、焼け焦げた家の残骸、荒れた田畑、煤にまみれた「何か」。  到底村と呼べるものではない。  その光景を梓良はただ茫然と見ていた。 ――いったい何が起こったのか。  わからない。  一晩のうちに何があったのか。  昨日笑顔で送り出してくれた父母、そして兄は。 「お母さん!」  はっとして梓良は走り出す。 家族は、村人はどうしたのか。 「お父さん! お兄ちゃん……!」  ここにいる訳がない。 避難したか、もしくは――。  考えることを梓良は拒否した。  そして走りつづける。  走りつづけ、家のあったあたりで足を止める。  誰もいない。いるわけがない。きっとどこかに避難して、そして梓良のことを心配している、そうに違いない。  しかしその思いを裏切るように視線は足元に吸い寄せられる。そこには焼け焦げ、灰にまみれた「何か」。  その「何か」は村に無数に転がっていた。  梓良はそれをみつめ、そして――。 「……あ――――」  気づいてしまった。  それは人のかたちをしている――。 「あ……あ……いや…………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
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