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斯くして身寄りを失った梓良は街の教会に引き取られることになった。
あれから1ヶ月。
梓良は常に何か違和感を感じていた。まるで衣服の釦を掛け違えてしまったかのような。
そしてそのまま動き出せないでいる――
「――梓良さん?」
はっとして顔をあげると、神父が心配そうな表情[かお]をして梓良を見つめていた。白髪混じりの黒髪と優しげな黒い瞳。年の頃は50ほどのこの神父は、あの日以来本当に梓良のことを気遣ってくれている。
梓良は慌てて手を降った。
「あ、ごめんなさい! なんかぼーっとしちゃって。……シチュー、冷めちゃいますよね」
そういってシチューを口に運ぶ。
朱い人参が甘くて美味しい。
しかし梓良はまた手をとめてしまう。
夢のことが頭から離れない。
――西へ。
「にし……」
ぼそりと声にのせて呟く。
神父が不思議そうな顔をした。
「あの……、西にはなにがありますか……?」
「西、ですか?」
唐突な質問に神父は首を傾げ、西、と梓良の問いを反芻するように言った。
「……そうですね、ここから西へまっすぐいくと、サントレアがあります。東西南北から人々が集まる我が国の交易の要となる街です。……そういうことですか?」
「……分かりません」
梓良が首を振ると、神父は記憶を辿るように、首をひねりながら続けた。
「さらに、いくつか街を越えてサリヴァ河を渡ると、スラニア皇国があります。そのさらに向こうにはアンガルド公国。……天貫[てんかん]山の頂を越え、ユグシアの荒野、そして"果て"に辿り着きます。」
「"果て"……」
「はい。――知ってますよね?」
「はい。」
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