妹が壊れた日

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少し待ってて、と雪がそう言って部屋から立ち去ってから数時間が経った。 「………………」 …頭が痒い。 風呂に入りたい。 (今は…何時だろう) 喉は渇いてるし、腹も減っている。 正直、トイレにも行きたい。 (くそ…) しかし、 雪に身体の自由を奪われているから、なにもできない。 「は…イタズラにしては…度が過ぎる」 かすれた声でそう呟くと、裕一は目を閉じた。 ――いつまで、こうしていればいいのだろうか? ゆっくり目を開けた裕一は、ドアを凝視した。 ――雪は?雪はまだなのか? ―がちゃ 「裕一……」 すると、凝視していたドアが開き、そこから雪がご飯、水の入ったコップを乗せたお盆を持って現れた。 裕一はそっぽを向いた。 「……」 雪は机の上にお盆を乗せると、窓に近寄り、窓を開ける…。 いつの間にかもう夜だった。 「……」 雪はまた机に近づくと今度は裕一からもらったあの白い熊のぬいぐるみを抱きかかえた。 そして、抱きかかえたまま呟く… 「…お兄ちゃん、お兄ちゃん……お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん…お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん――」 まるで壊れたスピーカーのようにそう繰り返しながら愛おしそうにぬいぐるみを撫でる雪の姿に、思わず鳥肌が立った。 耳を塞ぎたくても、両手を縛られてるからかなわない。 目を閉じたら、真っ暗でさらに怖くなる。 「や、やめろよ……やめろ!」 叫びながら裕一は雪を睨みつける。すると、少し開いた窓から、この状況に似合わない穏やかな風が吹き込んで、雪の長い髪を揺らした。 「――愛してる………ヒヒ」 「…!」 なんだ…いまのは…… 一瞬。横顔で分かりづらかったが…一瞬だけ、雪の口角が不気味に吊りあがっていた…… 雪が…笑っていた…? 「…食べさせてあげる」 茫然とした裕一の方に振り返ると雪はいつも通りの無表情でそう言い、再びお盆を持って裕一のもとへ歩み寄った。
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