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魚屋は警戒しながらドアを開けた。
あまりにも『不自然』な状態のドア。
鍵が掛かっていないのは当然のこと、そのドアの前には、『スナックゆかり』と描かれた看板に明かりが灯っていた。
何者かがいる。
それは間違いない。
そして、何者かは間違いなく敵なのだ。
よく見ると看板は随分と年季が入っている。
この家屋自体は元々がスナックなのだろうが、看板の汚れは六年前作られた無人街の物とは思えない。
わざわざ看板を持ち込むあたりに仕事人としての魂を感じた魚屋は、決して油断せずに神経を尖らせながらドアを開けた。
「あら、いらっしゃい」
何者かから発せられた声は涼やかで、なんとも拍子抜けしてしまうくらいに警戒心を感じられなかった。
「…何をしてるんだぃ?」
魚屋はとりあえず問いかけた。
そこに居た女はカウンターの奥に腰掛けながらタバコを吸ってまま答えた。
「ふー…スナックのママがやる事は一つだよ。あんたらのくだらない話を聞きながら、酒でもてなすのさ」
「ははっ!!ここでも商売する気かぃ?」
「ここに金を持って来てる人間はいないだろうから、商売にはならないけどねぇ…ふふ」
スナックのママは緩やかなパーマのかかった長い髪をかきあげると、タバコを灰皿に押し付けた。
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