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……理沙は決して善良な心根の持ち主というわけではない。
むしろ、時折自分でも驚くほどドライな面もあると自覚している。
ただ、目の前で強者が弱者をいたぶっていて。
今、そこに割って入れるのが自分だけである以上。
ここで見てみぬ振りをするのは、限りなく後味が悪い。
自分が何だか惨めに思えるし、それに。
今ここに居もしない、祐平の目が気になってしまう。
そんな不純な理由から、理沙は今、人助けをしようとしている。
だけど……結果としてその行為が、大宮に虐げられていた一人の男子生徒を救ったのは事実だった。
「何してるの。先生呼ぶよ」
なんて優等生めいた台詞なんだろうと思いながらも、理沙は強い口調でそう言って、廊下の角から躍り出た。
二人の視線が同時にこちらに向く。
大宮の意識が逸れたのに気付いた一年生らしき生徒は、すかさずその手を振り払って脱兎のごとく駆け出していた。
「おい! 何逃げてんだコラァ!」
荒々しい声で叫ぶ大宮。
しかし、そのときにはもう、相手は階段を駆け下りている最中だった。
焦燥感がこちらにまで伝わってくるような足音を聞きつつ、大宮はしばらく歯軋りして苛立ちを露わにしていたが、やがてその視線は理沙に向けられることとなる。
「何余計なことしてんだよ」
「……大宮君が悪いことしてるからだよ」
理沙は祐平以外の男子を苗字で呼び捨てにしているが、しかし今この状況で大宮を呼び捨てにできるほどの勇気は持ち合わせていなかった。
声が震えそうになるのを必死に堪えながら、理沙は続ける。
「本当に先生に、言うから」
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