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結論から言うと、理沙の拳が大宮の顔面を打ち抜くことはなかった。
当たり前だ……運動部に所属しているとはいえ女子であり、ケンカの経験もほとんどない理沙のパンチが、幼い頃からケンカ漬けの毎日を送ってきた大宮に当たるはずがない。
いとも簡単に、拳を掌で包み込まれるようにして受け止められていた。
「く、う、くっ――」
「なーにムキになってんだよ。お前、ひょっとしてバカ?」
大宮のあざ笑う声が脳内で反響する。
なんとか掴まれた拳を引き抜こうと腕に力を入れるも、筋力に差がありすぎた。
そのため、逆に引っ張られたことで大宮の胸に顔から当たってしまう。
……こんなところ、祐平には見せられない。
「でも顔だけはいいよなぁ、お前。どうだ、津田なんか捨てて俺の女になってみないか? ん?」
「だ……誰がそんなこと!」
「意地張んなよ、なあ?」
大宮はそう言って、強引に理沙を抱きしめる。
祐平の、力強くも優しさと労わりを感じさせる抱擁とはまるで違う。
自分勝手で、自分の欲望だけを満たせればそれでいいというエゴに満ちた抱擁。
その不快な感触から逃れたくて、理沙は身をよじらせて抵抗した。
「やめて、離して!」
しかし、その声は薄暗い廊下に大きく響いたものの、それを耳にして助けに来てくれる者は現れなかった。
今はまだ授業中で、生徒も教師もこんなところには来ない。
このまま大宮に辱められたとしてもおかしくはないのだ。
……中途半端な覚悟で人を助けようとするからこんなことになったんだ。
力があるわけでも、信念があるわけでもないのに。
ただ、見過ごすのは後ろめたいからというだけのことで。
いっそ見てみぬ振りができればよかったんだ。
そうすれば、あの一年生はしこたま殴られたかもしれないが、最終的には解放されて、それでこの件は丸く収まっていたはずなのだ。
自分が余計なことをしたせいで、あの一年生は後日また改めて呼び出されるかもしれないし、自分はこうして危機に陥っている。
助けて……助けて、祐平……!
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