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「じゃ、俺はここで」
「うん、またね」
本棟二階の階段前で、理沙と祐平は一旦お別れだ。
理沙は三年生なので二階にホームルーム教室があり、祐平は二年生なので三階にホームルーム教室があるためである。ちなみに一年生の場合は四階という最も不便な階となる……その辺りは、年功序列なのだろう。
少し困るのが、時々間違えて三階まで登ってしまうことだ。
まだ四月なので体が覚えていないというのもあるが、もともと理沙は記憶力は弱いほうだったりする。だから暗記教科は大の苦手だった。といっても得意教科だと自信を持って言えるのは体育くらいだが。数学は、まあ、暗記教科よりはマシといった程度だ。
「……はあ」
理沙には将来の夢がない。
祐平と一緒に、一生暮らせればいいなとは思うが、なりたい職業という意味での将来の夢がまったくないのだ。
高校を出て、短大にでも行って、分相応な会社に就職して、何年かOLしてお金を貯めてから、祐平と結婚して退社する。
それはそれは幸せな未来予想図だと思う。
だけど……小さい頃の自分には、もっと何か、やりたい仕事のようなものがあった気がしてならない。それを忘れてしまったのは、一体いつだったんだろう。
今では学校に通うのさえ、与えられたノルマを渋々こなしているだけのようである。
「でもそんなの、誰だって同じだよね」
自分に言い聞かせるように理沙はそう呟いて、そして自分が所属する三年一組の教室の前で立ち止まった。
奇跡的にチャイムはまだ鳴っていない。
だけど、ドアを開けるのをためらった。
また、変わらない毎日の繰り返し。
三年生になって進路の話をやたらと聞かされるようになってからというものの、理沙の憂鬱はさらに深く重いものとなっていた。
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