動き始める歯車

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あれからしばらくしてから姫澤先輩の涙が止まった 次に先輩が僕に向けてくれた笑顔はあまりにも痛々しくて僕も心の奥が締め付けられる様な痛みを感じた そして今、僕と先輩は校舎の階段を一段ずつゆっくりと下っている 「ごめんなさいね ずっと待たせちゃって…… 帰っても良かったのよ?」 先輩は力無く笑う 僕の情けなく小さすぎる存在では先輩を勇気付けることは出来なかったようだ あんな悲しい事を先輩に言わせてしまった自分が本当に腹が立つ 「いえ、僕が好きで先輩の側に居たかっただけですから…… 迷惑だったのならすみませんでした」 きっと先輩は迷惑だと思っても…… 「ううん、そんな事ないよ 涙が止まったときにまだ春斗君が居てくれて少し安心出来たから」 こうやって相手の事を考えている 先輩はその優しさ故に自分の言葉を隠している 「そうですか…… すみません……」 僕はそれしか言うことは出来なかった……いや、許されなかった これ以外、口に出してしまえば先輩はまた自分の心を偽って話すだろう 誰よりも心を痛めて居るというのに先輩は痛いと口に出さない それなのに先輩に会話を求めるのは酷だ…… それから僕たちは無言で歩いていた 気が付くと僕と先輩は校門まで来ていた もう空は茜色に染まっている その茜色に染まる空はいつ見ても優美で清らかだ 「綺麗……」 僕と先輩は肩を並べて空を見上げる この美しい空はいったいどこまで続いているのだろうと思うことは、もうなくなってしまった 小さい時の小さい小さい疑問だった その疑問を投げかけた僕に優しく笑いかけて答えてくれたのは――― 僕の母さんだった その言葉はまだ僕の心の中に残っている 『ずっと、ずっと遠くまで繋がってるのよ 貴方が一緒にみたいと思う誰かも同じこの空を見上げているわ 空はね誰に対しても平等で優しいの』
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