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街灯の明かりなど押しつぶしてしまいそうな闇。
闇の中にひっそりと、しかしあまりにもくっきりと浮かび上がる女性。
細かく首を動かしながら何かを探すハルヒコは、まだ彼女の存在に気づいていないらしい。
「おい」
今、気づいた。
「おい、あれ」
早口で、無感情な声。
あれ。
そう、ハルヒコは間違いなく彼女のことを言っている。
「霊か」
「さあ」
喉が渇いた。
絞り出そうとしてもろくな言葉が浮かんでこない。
「退治したかったやつか」
「違う」
退治したかった、あの少女の霊とは明らかに違う。
僕とチヒロの邪魔をしたのはどう考えても子供だったけれど、今こちらを見ている女性はとても子供には見えない。
「じゃあ何だ」
「知らないよ」
「霊か」
最初の質問に戻ったかのようなハルヒコの言葉は、しかし先ほどのものとは違い確信の色を含んでいた。
この場に存在する全ての要素を集約して考えてみれば、その可能性を否定することなどできるはずもないのだ。
「まさか」
それでも僕は否定した。
例え言葉の上だけだとしても否定しなければ、その可能性は事実になってしまうような気がしたからだ。
「そうか、だよな、違うよな」
そんな僕の思惑を察したのか、ハルヒコは早口で言い切ると、ひぇひぇっと少しだけ笑い声をあげてすぐに静かになった。
息をしているのかさえも分からないハルヒコの後ろ姿は、僕のことを一呼吸ごとに不安にさせる。
「あの、ハルヒコ」
「帰るぞ」
短く。
たった今思い出したかのように、ハルヒコは短くその言葉を解き放った。
「そうだな」
僕は、ハルヒコがそう言ってくれるのを待っていたのに違いなかった。
だからハルヒコが短く素早く前触れも脈絡すらなく言い切ったその言葉は、僕にとっては唐突でも予想外でもなんでもなかった。
僕らの会話は「帰るぞ」「そうだな」に終結すると最初から決まっていたのだ。
「そうだな」と言い切って、ハルヒコと二人で急いで車に乗り込んだ僕には、少なくともそう思えた。
普段よりも冷静にエンジンキーを回し、普段よりも慎重にアクセルペダルを踏み込んだ僕は、きっと俯いた女性を通り越した。
去り際に彼女の姿を見ることなど、僕にはできるはずもなかった。
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