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だけどこの話は、絶対に帰ってからの方がいいって。
「そんな言われ方をすると、余計に聞きたくなるだろう。それに、そのことが気になって安全運転ができなくなったら、どうしてくれるんだい」
そうだな、安全なほうがいいもんな。じゃあ、話すよ。後悔するなよ。
ハルヒコのやつ、やけにあっさり折れるじゃないか。
僕はなんだか拍子抜けした気分で次の言葉を待った。
幽霊退治へ行く途中に、信号で止まっていただろう。
「ああ、止まったね、二回」
一度目は、ハルヒコを乗せた直後の交差点。
二度目は、
おれが、コーヒーを飲み始めた信号だよ。
二度目は、目的地直前にある横断歩道。
ハルヒコのコーヒーが何よりも気になった、あの場所。
あそこをまだ通っていないのなら、回り道をした方がいい。
どうして。
そう尋ねるべきところを一秒間の沈黙としてしまったのは、ハルヒコの言葉を頭の中で三度ほど繰り返してしまったせいである。
その三度全てを同じ意味で捉え、同じ疑問を抱いたときには、
まあ、さすがに、その道は避けているよな。
笑いの混じった声が、僕の耳に届いていた。
「どうして、どうして避けなくちゃいけないんだい」
結局、遅れて出てきた言葉は違う質問へと変化してしまう。
どうしてって、そりゃあ……
一秒か一瞬か。
ハルヒコが与えたほんの僅かな静寂の間に、
見ただろう。
僕は、電話の向こうの友人と同じことを考えていた。
「あれは、人間だろう」
そんなことは知らないよ。それに、それは本題じゃない。
あっさりと、ハルヒコは自分で出した話題を切り上げる。
あの出来事には極力触れまいと脂汗を流すハルヒコの姿が思い浮かび、なんだか面白い。
だけど、それはとても懸命な判断だ。
僕だって、幽霊のことなど思い出したくもない。
真夜中に一人きりでいるのだからなおさらである。
あの、信号のことだよ。
あの信号。
俯いた女性のことばかりを思い浮かべていた僕にとって、信号機などというファクターは何の意味も持たない背景に過ぎなかった。
それが、話の中心へいきなり躍り出てくる。
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