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携帯電話を握ったままで、サイドミラーに目をやる。
そこでは件の信号機が、黄色い明かりを点滅させている。
こんな、こんな残酷なことはない。
ハルヒコを乗せて通り越したときには、確かに赤く点っていた歩行者用信号機が、今は何の色も点さず沈黙している。
気が知れない。
帰り道にここを選んでしまった自分が、理解できない。
僕は、あの信号機を、電話をする直前に通り越してしまっていた。
さすがに避けているよなとハルヒコが言った道を、僕は当然のように通ろうとしていた。
ここからもう少し進めば、あの自動販売機のある場所へ行き着いてしまう。
ただ、それだけならば、まだ救いがないわけではない。
なにしろ、僕はまだ信号を通り越しただけなのだから。
僕はまだ、霊を見たあの場所に行き着いてしまったわけではないのだから。
今から引き返して違う道を通れば、何の問題もないような気がした。
だから、それだけならば、きっとまだ救いがあったのだ。
いつからだろう。
いつからそこにいたのだろう。
窓の外ではあの女が、白に近い色の服を着たあの女が、やはり俯いて、否定のしようもなく僕のことをじっと見ていた。
今度は声も聞こえないほど遠くではない。
手を伸ばせばドアに触れられるような、ごくごく近い位置。
僕は、
「どうかしたんですか」
窓を開けていた。
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