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そのに③ ~背後~
霊の力が働いていたのに違いない。
そうでなくては、こんな得体の知れない女に声をかけ、その上車に乗せてやるなど考えられない。
こんな得体の知れない女。
こんな女。
幽霊に違いない女。
彼女は今、後部座席に座っている。
俯いているせいで顔はよく分からないけれど、肩甲骨よりも下まで伸びているだろう長い髪は、色素が薄く艶がある。
白っぽいと評していたワンピースは、実は薄い青を基調としたものだった。
バックミラーに幽霊が映っているという、どうしようもない状況。
これが、意外なことに怖くない。
もう、どうしようもなさ過ぎて、彼女を彼女の示す目的地へ連れて行くということが、僕には何のこともない単調な作業のようにしか思えなくなっていたのだ。
「着きましたよ」
無感情な声だった。
こんなに無感情な声が自分の口から出るのかと、内心驚いた。
窓の外には、ハルヒコがお札を貼った自動販売機。
彼女は何も言わなかったけれど、僕には彼女がここへ来たがっていると分かったのだ。
彼女を車に乗せるときだって、彼女が車に乗りたがっているのだと分かって、どうぞと言ってやったのだ。
その彼女が、
「なんだかつまらなさそうですね」
はじめて喋った。
不思議そうな響きを含んだ声は、幽霊のくせに張りのある、それでいて軟らかな声だった。
「あの子のときは、ひゃーひゃー言って逃げ出したじゃないですか」
笑い話でもするかのような口調。
いや、彼女にとっては笑い話なのかも分からない。
僕が彼女の言葉に笑うことができなかったのは、その笑い話が僕のことを嘲笑うものだからだろうか。
いや、そうではない。
僕は混乱しているのだ。
なにしろ、今までは幽霊に違いないと思っていた女性が実はなんでもないただの人間だったのではないかという、まるで希望の光のような予感が湧き上がってきているのだから。
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