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「あ、もしかして、わたしのこと幽霊だって気づいていませんか?」
幽霊の陽気としかとらえることのできない声で、希望の光はぷっつりと途絶えた。
考えてみれば、あの子、つまりあの子供の幽霊のことなど、彼女がただの人間ならば知りえないことである。
それでも僕が、ほんの一瞬であれ彼女のことを人間なのではないかと思うことができたのは、
「こう見えても幽霊なんですよ」
俯いていたはずの顔が、いつの間にか持ち上がっていたせいなのだろう。
生気に満ちているのかといえばそうでもないし、健康的なのかといえば、べつだんそういうわけでもない。
ただ、バックミラーに映る幽霊は、とても軟らかい笑顔を浮かべていた。
血色が良いか悪いかで言えば悪く、ふくよかか痩せているかで言えば痩せている。
幽霊を自称する彼女の笑顔は、たったそれだけの、何ら特異性のないものだったのだ。
「あれ、反応薄いですねぇ。嘘だと思ってるんですか?」
幽霊は笑顔を、困った、とでも言うように歪めてみせた。
それでもすぐに、
「あ、怖すぎて声も出ないとか」
軽いいたずらをしたときの子供のような笑顔で言った。
僕は、子供の頃に鉛筆で書かれた幼稚ないたずら書きを思い出す。
机の上に消しゴムを走らせる、今の心境はあのときの冷めた気持ちに似ているのかも知れなかった。
「あの」
「なんですか?」
「着きましたけど」
自称幽霊の女は細い眉をハの字に傾け、小さな口をきゅっとすぼめた。
「あの、わたし、幽霊なんですが」
「それとこれと、どういう関係があるんですか」
「それとこれ?」
後部座席の女は、ちょこっと首を傾ける。
車を降りる気配はない。
「あなたが幽霊だっていうことと、目的地に着いたのに、あなたが車から降りようとしないことです」
「あ、降りて欲しかったんですか。だったらそう言ってくれればいいのに」
「降りて欲しいと言ったら降りるんですか」
言いながら、僕は内心で安堵のため息をついていた。
バックミラーの中でゆらゆらと表情を変える彼女は、自称幽霊の割には物分かりが良いらしいと思ったからだ。
それなのに彼女は、
「そういうわけにはいきませんよ」
むっとした顔でそう言った。
おかげで僕の中からは、何かを言い返す気力も、言うべき言葉も流れ出ていってしまったらしかった。
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