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「あの、すみません」
僕はシートベルトを締めたままで、腰をねじりながら幽霊のいる方へ顔を向けた。
あの、すみません。
逃げたのは僕なんですから、あなたがたに非はありませんよね。
僕の用意した情けなくも潔い言葉たちは、
「失礼ですね」
むくれた幽霊の顔と向き合った瞬間にぱらぱらと消えていってしまった。
「グルだなんて、人聞きの悪いことを言わないでくださいよ」
「あ、違うんですか」
「違いますよ。わたし、あの子のいたずらとは、まったく関係ありません」
幽霊は僕の目から視線をそらすことなく、はきはきとして言った。
輝きがあるかないかで言えば輝きのない瞳は、それでも清らかに澄んでいるように思えた。
「ですが」
瞳がくるくると表情を変え、僕のことを探るように瞬く。
そのせいだろうか、僕は無理な体勢で振り向いたまま、幽霊の瞳に釘づけになってしまっていた。
「幽霊仲間としては、ちょっと責任を感じているんですよ」
首と腰が辛くなってきて、とうとうシートベルトをはずす。
僕は助手席と運転席の間から身を乗り出して、血色の悪い顔を正面から見据えた。
「だから責任を取らせてもらおうかな、と思っているのですが……」
自動販売機の明かりに横顔を照らされた幽霊は、
「どうでしょう」
にっこりと笑い、悩ましく首を傾けた。
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