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そのに ~復讐~
そりゃあ振られる。
幽霊のいる車の中に、彼女一人を残して僕だけ逃げてしまったのだ。
これで振られなかったら、彼女に何か裏があるのではないかと疑ったことだろう。
普通の状況でなかったとはいえ、あんなに臆病で薄情な、情けなくて頼り甲斐のない男など、本人である僕ですら愛想を尽かす。
だから、しばらく経ってから戻ってきた僕の頬を引っ叩いて、指輪を投げつけた上に蹴りを入れて立ち去ったチヒロの行動は、きっと誰の目から見てももっともだ。
立ち去る彼女を追いもせず、謝罪の言葉すらかけなかった挙句、彼女の姿が見えなくなると怖くなって一人だけ車に乗り逃げ帰った僕など、男の風上にも置けないのだろう。
だけど、それでも納得のいかないことがある。
なぜ、よりにもよってあんな場面で幽霊が邪魔をしに来るのか。
全てが終わってしまった今、僕のあの幽霊に向けられる感情は恐怖でも気味の悪さでもなく、脱力感を伴う憤りだけだった。
だって、だっておかしいじゃないか。
完全に実ったはずの恋愛が幽霊によってぶち壊されるだなんて、そんなばかげた話があっていいはずがない。
そもそも幽霊の存在など信じていなかった僕が、どうして幽霊なんかに人生の邪魔をされなくてはいけないのだろうか。
「今更こんなことを言うのはどうかと思うんだが、言ってみてもいいかい」
助手席であぐらをかいたハルヒコは左手に持っている長方形の紙切れをまじまじと眺めてから、ドリンクホルダーの缶コーヒーに右手を伸ばした。
「こんなことって、言ってみないとどんなことかも分からないじゃないか。言ってみなよ」
「そう言うんなら言わせてもらうよ。今更だけどな、おれは……」
持っていた紙切れを脚に置き、缶コーヒーをぷしゅりと開ける。
その姿を見て、僕はハルヒコの言いたいことよりも、彼がコーヒーをこぼさないかということの方が気になってしまう。
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