そのさん   ~虚構~

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そのさん   ~虚構~

 結局、あの女が本当に幽霊だったのだという確信を持ったのは、彼女が 「では、おやすみなさい」  と言って消えたときだった。  彼女は、本当に消えてしまった。  幽霊よろしく霧のように、ふわりと揺らいで掻き消えてしまったのである。  幽霊が消えた後、僕は急いでエンジンをかけ、のんびりとシートベルトを締めてから慌ててアクセルを踏んだ。  怖かったからではない。  自宅に帰って眠りたかったのだ。  それまでの出来事が夢だったのならば早く夢が終わるように。  夢でないのならば、翌日にこれ以上夜更かしの影響が出ないように。  結局、二日後の今となっては、あの晩のことが夢だったのか現実だったのか定かではない。  ハルヒコとお札を貼りに行き、ハルヒコを家まで送り届け、ハルヒコから信号機に関する怪奇現象を知らされたところまでは現実だったとして、それ以降のことが夢でないという確信はないのである。  なにしろ「夢ではなかった」と言ってくれる証人がいないのだから。 「もしかして、夢だった?」  唐突に、チヒロの声がそう言った。  ちらりと左に目をやると、難しそうな顔をして耳元の髪をもてあそぶチヒロの姿。 「いったい、何が」  背筋から頭の奥に、ロックアイスが駆け上ったかのようだった。  チヒロはあの夜のこと、つまり僕が幽霊と話をしたことなど、知るはずがないのに。 「んー、と、ね」  自分の髪を指先でぐりぐりと捻りながら、チヒロは言いにくそうに 「オバケ出なかったっけ」  そう言って、窓の外を見た。  オバケというその言葉で、なぜか合点がいった。  なるほど、そういえば、チヒロとも幽霊と遭遇している。 「オバケって、女の子の?」 「あ、やっぱり夢じゃないんだよね」  窓に映ったチヒロの顔は、安心と驚きが混ざったような表情を浮かべた後、一秒も置かないうちに、不思議そうな顔へと変化した。 「チヒロも見たっていうんなら、それは夢じゃないっていうことなんだろうね」  見慣れた風景が、滲むような夜の顔をしてそろそろと後退していく。  まだ日付の変わっていないこの時間帯は、これまでの経験上幽霊が出てくるには早い。  そう思うと、薄暗いこの風景も心なしか穏やかである。
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