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「じゃあさ、その後のことも、夢じゃなかったはずだよね」
「その後っていうと」
「なんていうかな……えっと、わたし、一人で帰ったじゃない」
なんとなく、チヒロの言いたいことが分かってきた。
その後というのは、つまりチヒロが僕を振った件なのだろう。
「だって、覚えてるもん、そのときに乗ったタクシーの運転手の名前」
「うん、確かにあの夜、僕はビンタされて蹴っ飛ばされて指輪を投げつけられたよ」
「だったら」
日付は変わらずとも、やはり暗くなってからのこの道の通りは異様に少ない。
本当ならば運転中の余所見は禁物だけれど、僕はアクセルから足を離して、チヒロの不信に満ちた表情を横目に入れた。
「だから、今日はそのことを謝りたくってさ」
「だけどあれって、謝って済むようなことじゃないよね」
そう言いながらも、口ぶりから判断するに満更でもないようだ。
横目に引っかかるチヒロの横顔は、不信から少しずつ信頼に変わってゆく。
僕とチヒロとの恋愛は、今日のように職場からの帰り道、チヒロの運転手になることによって進み、深まっていったと言える。
きっと過言ではない。
始めのうちは駅前まで、しばらくするとバス停まで、それから間もなく自宅まで。
僕らの距離は、チヒロが帰り道を一人で歩く距離と同じように縮まっていった。
だから今日、チヒロを彼女の自宅まで無事に送り届けることができれば、僕らの関係はまた元に戻るのではないか。
僕のそんな期待は、この忌々しい一本道の半ばに差しかかった今、確信に変わろうとしていた。
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