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「おれは、乗り気じゃないんだよな」
「いったい何に」
「すっとぼけてんじゃねぇ。分かるだろう。今からやろうとしていることさ」
今からやろうとしていることに、乗り気ではない。
それは、コーヒーを開けておきながら飲む気がしないということではないのだろう。
それぐらいのことは分かっていながらも、僕はなぜか
「それを飲むのに乗り気じゃないっていうことか」
と返してしまっていた。
「おいおい、冗談を言うなら真顔は止してくれよ。それとも本気でそう言っているのかい」
「それはこっちのセリフだろう。本気か?」
「言えって言ったのはお前だろう。だから断わっておいたんだ。今更だけどってな」
ハルヒコは缶の口を舐めるようにしてちびちびとコーヒーを飲み始める。
「怖くなったとか言わないよな」
僕が尋ねるとハルヒコは缶を口から離し、まだ一口分も減っていないであろう缶コーヒーをドリンクホルダーに戻した。
「さすがに、そんなことは言わないさ。ただな……信号、変わったぞ」
「缶コーヒー、怖いから手に持っておいてくれよ」
「そんなことを言われてもなあ、手に持っておくのも危なっかしいだろう」
ブレーキから足を離す。
ゆっくりと動き始める車の中、コーヒーに思考を奪われかけていた僕は渋々と前方へ視線を移し、嫌々にアクセルへ足を添えた。
「それでな、おれが乗り気じゃないのは、怖いからじゃあなくって」
「揺れたらこぼれるじゃないか。持っておいたほうが安全だって」
幸いと、後続車両は存在しない。
ハルヒコがコーヒーを持つまで、わざわざアクセルを踏む必要もないだろう。
窓の外では赤く灯った歩行者信号機が、歩くようにゆったりと後退していった。
この横断歩道を越えれば、目的地はもうすぐだ。
「わかったよ、持っておくさ。だけど、おれは責任取れないからな。幽霊が出てきたときに、驚いてコーヒー投げ飛ばしたって」
こわん、と缶コーヒーを持ち上げる音がする。
安心してアクセルペダルに力をかけると、街灯によって淡く照らし出されたアスファルトが、ヘッドライトに切り開かれ心地よく走り出す。
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