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「だったら、さっさと飲み干してしまえばいいじゃないか」
「そうは言っても、苦いんだよ。ちょっとずつ飲まないと、喉がちりちりするんだ」
コーヒーをすする音が、ハルヒコの言葉に続いた。
そういえばハルヒコは、学生時代から苦いものが苦手だった。
それなのに無糖のコーヒーを彼が飲んでいるのは、深夜のドライブなので眠気覚ましが必要だろうという考えからである。
「だいたい」
缶に口をつけたままなのか、少しくぐもった声。
通常ならば、運転手ではないハルヒコが眠気覚ましの手段を用意してくる必要なんてないだろう。
だけど今日は、明らかに通常とは違う。
なにせ、
「これから幽霊退治っていう時に、そんな細かいことを気にしなくたっていいんじゃないのかい」
なにせ、今夜は幽霊退治にやってきたのだ。
この状況は、霊媒師の類ではない僕らにとって、少なくとも通常と呼べるようなものではない。
異常とも呼べるであろうこの状況において、運転手である僕はもちろん、唯一の同乗者であるハルヒコは、どうしてもしっかりとした意識を保っておく必要がある。 片方が霊に操られたりしたら、ぶん殴ってでも意識を取り戻させるんだぞ。
ハルヒコの言葉である。
そのためには、どちらかが眠っていては話にならないのだ。
「それとこれとは関係ないだろう。気になるものは気になるさ。君にとっては他人の車だから細かい問題なのかも知れないけど、持ち主の僕にとっては大問題なんだよ」
「ああ、もう、わかったよ。がんばって早く飲むよ。それでいいのかい」
「べつに、無理をしなくてもいいよ。ただ、こぼさないように気をつけて欲しいだけさ」
助手席からは、言葉の代わりに嚥下の音が五回。
続いて、うほっ、とか、うげっ、といったむせ返る声が途切れなく吐き出されていく。
「にがっ。うえ、にが。話を戻すがな」
「無理したなぁ。大丈夫かい」
「苦すぎて化けて出そうだよ。それで、話は戻るが、どうして乗り気じゃないかっていうとだな」
アクセルから足を離す。
目的地は、もうすぐそこだ。
「お前がチヒロさんに振られた原因の比率で言えば、その幽霊の占める割合なんてせいぜい一割程度だと思うんだよ」
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