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シートベルトを外しながら足を崩したハルヒコは、自分の脚に乗っている紙切れをちょいと持ち上げ、
「お札、持っといてくれ」
僕に手渡すと、脱いでいた靴を履き、ドアを開けて出て行った。
「ち、ちょっと待ってくれよ」
ハルヒコを追って僕も車を降りる。
ドアを閉める音が、アスファルトを擦る靴音を飲み込みながら光も乏しい道に長く響いた。
夜中には奇妙なほど通りの少ないこの場所は、だから自動販売機でジュースを買って飲むというチヒロとのちょっとした時間を、あきれるほど濃密にしてくれていたのだった。
それだけに、チヒロに投げ捨てられた指輪の高い着地音は、あまりにも残酷な音色となって僕の耳に刻み込まれ深く深く残っている。
「はは、一人になるのは怖いかい」
ちょっとだけ振り向いてハルヒコがはにかむようににやつくと、自動販売機の脇に置かれた空き缶専用のゴミ箱が、軽い声で鳴いた。
手持ち無沙汰になったらしいハルヒコは、さっきまで缶を持っていた手で産毛のようなひげしか生えていない顎をちょりちょりとかいた。
「ちゃかすなよ。いきなりお札なんて渡されて、困っただけさ。君が使う予定なんだろう」
本心ではハルヒコの言うとおり怖かったのだけれど、それを言ってしまうのではさすがにみっともないだろう。
「困るだって? 情けないことを言うなよ。本当なら、お前が一人でやっていたかも知れないんだ。いざとなったら、自分一人でも幽霊退治をするような気持ちでいてくれないと」
「確かにそのとおりだけどさ。だけどハルヒコ、君はこのお札を持っていくと言っただけで、どう使うかは教えてくれていないじゃないか」
「おれだってそんなもの、使い方なんて知ったことじゃあないさ」
しゃあしゃあとして言ってのけると、ハルヒコはさっきまで顎をかいていた手で、僕の手から半ば奪うようにしてお札を受け取った。
両手が留守になってしまった僕は、どうしようもなく周りの空気をもみ崩してから、思い出したように痒くなってきた耳の裏に、人差し指の爪を立てた。
「冗談だろう」
僕の言葉に、にやついていたハルヒコの顔が怪訝そうに歪む。
彼の口が開く前から、そこから否定の言葉が出ることのないのを悟った僕は、自然と眉間に力が入るのを感じた。
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