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「お札なんて、幽霊の出る場所に、ぺたりと貼っておけばいいんじゃないのかい。そこにお経を読んでやれば、幽霊なんてものはハイハイと成仏するだろうよ」
三日前のハルヒコを思い出す。
あんな幽霊は退治してやりたいと苦笑した僕に、手を貸そうかと笑ったあの顔。
できるのかいと驚く僕に、まかせておけと胸を叩いたあの声。
今、再びにやついたハルヒコは、あのときと同じ顔と声とで僕の意識をひっくり返した。
三日前に逆転したはずの妄想と現実が、ここに来てまたもや逆転してしまった。
「そんなに簡単にできることなのかい、幽霊退治って」
「やってみないことには分からないよ。少なくとも、無意味な結果にはならないだろうさ」
僕が何か言い返そうと考えているうちに、ハルヒコは自動販売機の方へと向き直る。
僕が何事か声をかけようとしたとき、ハルヒコはお札を指に挟んだまま、空き缶専用のゴミ箱を持ち上げていた。
プラスチック製の赤いゴミ箱がきゃらきゃらと鳴きながら移動すると、その下に隠れていたらしいゲジゲジが、そそくさと自動販売機の下へ逃げていった。
「何をやっているのさ」
僕の口が思わずそう動いてしまったのは、ゴミ箱をどかしたその場所に、ハルヒコが屈みこんだからである。
「お札っていうのは、掛け軸の裏みたいな、普段見えないところに貼ってあったりするだろう」
「普段ゴミ箱で隠れているところに貼ろうっていうのかい」
「ああそうさ。じゃあお前は、おれの後ろに立っていてくれよ」
振り向きもせずに言うハルヒコの背中は、開いているほうの手でズボンのポケットを漁りはじめる。
「だけど、自動販売機なんかに貼っていいのかい」
「まずいかもな。ばれたら剥がされるだろうし、下手をすれば持ち主に文句言われて罰金かも知れないな」
「だったらやめておこうよ。どこに監視カメラがあるか、分かったものじゃない」
言ってから、辺りを見回す。
ここには何度も来ているけれど、監視カメラの有無なんかは気にしたことがなかった。
「だから、後ろに立っていて欲しいんだ。そこに人がいれば、ゴミ箱を真上から撮っているカメラがない限り、何をやっているか分からないだろう」
「なるほど、用心深いね」
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