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僕が後ろに立つと、ハルヒコはポケットに突っ込んでいた手を、ビニールテープとハサミを掴みながら引き抜いた。
「だけどやっぱり、こんなところでがさがさやっていたら、怪しいんじゃあないのかい」
「それは、猿知恵を働かせてだな」
自動販売機の側面にお札を貼り終わったらしいハルヒコは、ポケットに再びビニールテープとハサミを突っ込むと、
「小銭を落としたっていうことにしておけば、問題ない」
くるりと振り向き、手に持った百円玉を見せびらかすようにして立ち上がった。
「なるほど、周到だね」
返事の代わりにハルヒコはやっぱりにやけると、ゴミ箱を元の位置へ。
一時はもうどうでもいいとすら思えていたけれど、お札がゴミ箱に隠れた瞬間、悔しいけれど僕の中には満足感と達成感と、震えるような安心感が満ち満ちていた。
この気持ちは、小学校の夏休み、工作の宿題を終えたときのものに似ているのかも知れなかった。
僕がやったことはといえば、ハルヒコの壁になったぐらいのものなのだけれど。
「さて、仕上げといくか」
「仕上げって、お札を貼って終わりじゃあないのかい」
見ると、ハルヒコは自動販売機の前に立って腕組みをしている。
さあ帰ろうと車へ向かいかけていた僕は、ゴミ箱の前に駆け戻るとお札の貼ってあるはずの場所をゴミ箱越しに凝視してみる。
「お札は、もう関係ないよ。今からお経を読むのさ」
組んでいた腕を崩して、テープやハサミが入っていたのとは反対側のポケットから数珠を取り出し、ハルヒコは合掌する。
僕もその場で自動販売機に向かい、手を合わせた。
「結構、ちゃんとやるじゃないか。でも、お経なんて読めるのかい」
「般若心経くらいなら暗唱できるさ」
「そ、それでいいのかな」
ハルヒコはにやつく代わりに目を閉じると、
「ないよりはマシだろう」
低く小さい声でお経を読み始めた。
僕には最初のあたりしか般若心経が分からないけれど、支えることなく、僧侶さながらのスムーズさで一字一字を詠いあげるハルヒコの般若心経は、きっとそのうちのたった一字さえ間違ってはいないのだろう。
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