現代 日野

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―しまったと思ったときは、もう、遅かった― 剣を構える。 一陣の風のように、目の前の人物は動き、巻き藁を刀で切った。 その動きに、男は胸の中で呟いた。 (彼女は生まれてくる時代と性別を間違えたな) 刀を鞘に収める。 あたりを包んでいた殺気とも言うべき気配が消えた。 「手合わせしようか。明里ちゃん」 私―大久保和彦は木刀を彼女に投げる。 彼女は木刀を受け取り、刀をしまった。 「無茶を言わないでください。私が貴方にかなうはずないでしょう。」 「何を言う、2本に1本は君が勝つくせに。」 彼女―山崎明里はその言葉に苦笑いを浮かべた。 師匠と大久保を呼んでいるが、二人が納めている流派は違う。 大久保は天然理心流。 明里は柳生新影流。 ともに免許皆伝の腕前だ。 ある種の、陶酔感すら覚えるような気迫と技のぶつかりあい。 大久保が木刀を構える。 明里が大久保に目がけて、突進する。 突進からの連続技だろう。 かろうじて明里から放たれた連続技を防ぐと、大久保は三段付きを明里へ放つ。 だが、明里の上半身が一瞬、視界から消えたと同時に、大久保の手首に激痛が走る。 木刀が宙に待った。 「両者、それまで」 副館長の山下茂の鋭い声が道場に響いた。 ここは日野にある勇誠館という剣術道場である。 流派は天然理心流。 館長である大久保和彦は「沖田総司の生まれかわり」とされるほどの優れた剣の腕を もっているが、目の前の女性はその上を行く。 山崎明里。 父は刀鍛冶であると同時に剣聖と呼ばれるほどの優れた剣術家。 母は日本舞踊の名取。いわゆる「名家」の「お嬢様」なのだが、明里本人はお嬢様らしさは全くない。舞踊より剣のほうが素質に恵まれたらしい。25歳という年齢で一柳生新影流の免許皆伝を得、天然理心流で目録を持っているのだ。 出身は京都なのだが、東京で大学生をしている。教職をとり、こちらで仕事をしたいと話していた。 ここへは、バイトのために来ている。 「館長、もう年なのだから、ほどほどにしてください。明里さんも、子供達の稽古の時間ですよ」 「はい、すいません」 剣と木刀を片付けると、明里は子供たちの待つ道場に向かった。
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