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【「私はその時酷く不快で、早く家に帰りたかったのです。思えば、散々な一日でした。
会社で嫌な上司にストレスの捌け口にされ、更にはミスを押し付けられました。通勤用の自転車は盗まれ、眼鏡を踏まれて駄目にされましたし、おまけに犬のフンを踏んでしまいましてね……あ、この靴です、あはは(笑)
占いなど、そういうものは信じないたちなのですが、その日は朝の占いの順位が最下位でして……あ、私の星座は水瓶座なんですよ。え、あなたもそうですか。まあ、とにかくこの日ばかりは占いを信じてしまいましたね(笑)
それで、早足で帰っていました。こんな日はさっさと帰って、寝てしまうのが一番良い。そう思ったんです。
ですが、その道、私の前方に、ポッカリと穴が空いていまして。
いつもだったら、アスファルトがそこの切れかけの街頭に照らされ、薄ぼんやりと光を反射しているのですが、その日はそこだけが丸く切り取られ、ひたすら真っ暗。
何だ、こんなところに危なっかしい……。なんて、またイライラしました。
穴の大きさは、まあ、見ればわかりますでしょうが、大人五人程がすっぽりと入ることが出来る程度。
覗き込んでみると相当な深さがあるみたいで、唯一の街頭の光さえ底に届かないようでして。私は試しに転がっている石ころを落としてみたんです。
いつまでも音はしない。一体どれだけ深いのだろうと考えました。
落ちたら最期、といったところだろう。私は早々に結論付け、その穴に対する興味を失ったので、そこを横切ろうとしました。
しかし、運が悪かったのでしょうね。散々な一日でしたから。足を"グギッ"て、ひねってしまって、バランスを崩してしまったんです。
そしたら、穴へ真っ逆さま。「ああ、俺死ぬんだ」なんて考えていたあたり、まだどこかに冷静さを残していたんでしょうかね。
夜でしたし、落ちたらすぐに真っ暗になって。なんにも見えないし、どうする事もできないもんだから、暫く死ぬ覚悟を固めていたんですよ。
しかし、なかなか着地しない。もしかしたら、気がついていないだけで既に死んでるじゃないかとか思いましたが、そんな事はありませんでした。現に、こうしていますから。
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