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どうして、こうなってしまったのだろうか。
ずっと、ずっと。争いの種を見つけては、潰すように心掛けてきた。それがどんなに些細なことであっても。俺は、細心の注意を払いながら此処の平穏を守って来た。
沙穂ちゃんに変わった様子は無かったはずだ。アイと圭輔が暴走してしまうのは頻繁なことだ。何が引き金になったのか。
「森也、顔怖いって」
「あ?」
俯いていた顔を持ち上げると、圭輔が悲鳴を上げてのけ反る。毎回毎回オーバーなリアクションをする奴だ。
「りっちゃーん。怖いひとがおるー」
「え? ん、ああ」
「……」
りっちゃんは明らかに上の空だった。それも仕方のないことだ。だってこれから、この教室で……。
ガタン、と、椅子の脚が床にぶつかる音がした。それまで大人しく席についていた沙穂ちゃんが立ち上がったらしい。なんだ? 黒い表紙のノート、日誌を持っている。
それと同時に、ドアが開く。もともと静かだった教室の空気が、緊張感を帯びて張り詰める。あの二人が、帰って来た。
何事も無かったかのように、教室へと足を踏み入れる彼女。しかし、その後ろに続く那子の表情は、青ざめていた。
アイの口角が上がる。
「……りっちゃん」
撫でるような声が落とされた。悪意を纏いながら、彼女は優しく微笑んだ。
りっちゃんは怯えきっていた。彼は身を固くして、女王による次の言葉を待っていた。
「今日、りっちゃんが日直やろ?」
「え、あ、うん……?」
りっちゃんの顔に浮かぶ困惑の色。那子は、アイの後ろで俯きながら立っているだけだ。
「もう受け取った? 日誌。沙穂から」
――沙穂!!
ついに、アイが彼女の名を呼んだ。
「あ、まだ。これから渡そう、と……」
絞り出したような、沙穂ちゃんの声。すがるような目で、彼女はアイを見つめた。
……ああ、わかっているんだ、沙穂ちゃんも。
そんな彼女に、アイは鋭い視線を突き刺した。
「ああ、よかったあ。りっちゃん、まだ受け取ってなかったんやー。こんな汚い女が触った日誌なんか、もう触られへんよなー」
決定的だ。息を呑む声が、聞こえた気がした。身体中の血が冷えていく。始めからこうなることは、わかっていたのに。
――いじめ。
絶望の中で。その言葉が目の前に落ちてきた。俺が、この世で一番恐れていたもの。
――どうして、こうなった?
霞む視界の端で、転校生が楽しそうに笑うのが見えた。
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