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圭輔、りっちゃん、那子が困惑したような、それでいて緊張しているような面持ちで俺の顔を見る。
無表情の佐山は置いといて、問題はやはりアイの不満そうな目つきだろう。
空気を読めていない自覚はある。
しかしまだ許容範囲だ。目立った行動は苦手だけど、今回ばかりはそうも言っていられない。自信もある。
アイはともかく、これで圭輔やりっちゃんが俺から離れていくことはまず無い。そして、ターゲットが俺に移る可能性も有り得ない。
いじめの開始には「大義名分」が必要である。沙穂ちゃんの場合は、心無いあのメール。
俺が行動を起こしたところで、どんな大義名分も成り立たない。ノーリスク。大丈夫だ。
「授業ではまだここまで行ってないっぽいから、都留が……」
この話題を沙穂ちゃんに振ることは自然な流れだ。彼女はクラスで一番成績が良い。
「……ああ、うん、きっと都留先生がま、間違えたんやと、思うよ……」
震えた声。怯えるように揺れる瞳。怖がるな、沙穂ちゃん。日常を取り戻さないと駄目だ。何もなかったように、普通に振る舞うんだ。アイに崩す隙を与えるな。
「そうやんなあ、明日都留に文句言おーぜ、ほんで……」
――おい誰か。乗っかって来いよ。
焦燥感に駆られる。ここで沙穂ちゃんを含めたまま、当たり前のように盛り上がってしまえば、もうアイは手出し出来ない。
しかし、いまだみんなは黙って様子を見守るだけだ。ああ、くそ、俺の意図を汲んでくれる奴はいないのか。仕方ない。圭輔、那子あたりに話を振って、無理やり会話に参加させよう。
「あ、沙穂―」
――は?
脳がすべての思考を放棄して固まった。なんだ。何を言う気だ。
ぎぎぎ、と、まるで動きの悪いからくり人形のように。沙穂ちゃんは恐る恐るアイの方に顔を向けた。
「ウチも数学わからんかったあ。教えてー、沙穂、頭いいもんなあ」
「……?」
アイの考えが読めず、混乱する。隣で、クッと喉の奥で笑う声が聞こえた。佐山だ。ここに来てまた不気味な真似を。
「え、え? わたし……?」
「うん。沙穂」
「……え、あ、え?」
わからない、わからない、わからない。彼女の狙いを見抜いて先手を打たないと。負ける。いじめは消せない。
「なにそれ、うっざあ。森也が聞いたことにはすぐ答えたくせに、ウチとは話すのも嫌ってこと?」
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