1.悪戯メッセージ

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「ちが……」 「大人しそうな顔して男好きかー。キモ。あはは」 絶望の表情を浮かべながら、沙穂ちゃんはその場に立っていた。 「アイ。お前な……」 いい加減にしろ。アイの言動は客観的に見ても理に反している。正当性は変わらずこちらにある。 「しんや」 頭の中で言葉を組み立てていると、それを制すように圭輔が俺の左腕を握った。 「え?」 彼は静かに首を振った。諦めろ。苦々しい顔つきは、俺にそう訴える。 「お前っ、なんで……」 圭輔は肯定してくれると思っていた。それなのに。波風を立てるな。そういうことだろうか。沙穂ちゃんを生贄にした、偽物の閑寂を、彼は望むと言うのだろうか。 辺りを見回すと、那子もりっちゃんも、圭輔に同調するように俺を見ていた。舌打ちをしそうになって、すんでの所で思いとどまる。薄情だろう。俺がおかしいのか? 「梶さん、数学なら沙穂ちゃんじゃなくて俺が教えますから」 にこりと笑う佐山。なにを考えているのか全くわからない。ただ、無性に腹が立つ。 それから間もなくチャイムが鳴って、俺たちはそれぞれの思いを自分の席に持ち帰った。 二時間目は公民。机の中から教科書を取り出す。 ――くそ。  やりきれない。俺はもう、沙穂ちゃんを救えない。 せっかく勇気を出したというのに。もしこのまま、F組の意思が「いじめ」に向かう、というのなら。きっともう俺はそこに身を任せることしか出来なくなる。 ずっと、そうやって生きてきた。あのときも。仲間が期待する通りに、俺は。湧き上がる歓声と、「あいつ」が俺に向けた憎しみの眼。転がった、野球ボール。記憶の中の後悔が、脳を浸食する。もう戻らない。そう決めたのに、やっぱり俺はまた「場」に溶け込むことを選んでしまうのだろう。 「じゃあ、ODAを日本語で。渋谷くん」 「おだ!」 シャーペンの芯が折れた。消しゴムを探しながら俺は、この状況でふざけられる圭輔と、平然と笑うクラスのみんなの神経を疑っている。
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