1.悪戯メッセージ

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「梶さん、顔が疲れてますよ。 悩み事ですか?」 「なに。馬鹿にしてんの?」 滅相もない。そう言いながら、蛇口をひねる佐山。 休み時間。トイレの手洗い場。 「いじめが嫌いなんですか?」 「はあ?」 愚問を通り越して意味不明。俺は彼を睨む。 「好きな奴なんているか?」 「案外いると思いますけど。だってほら、みんなが嫌だと思うなら、いじめは起きないでしょう」 「そんなに簡単なことじゃない」  「いじめはヒトの意志ですよ。アイは沙穂ちゃんをいじめたい。そして、圭輔もりっちゃんも那子も、それに対して別段意義を唱えない。 もっと言えば、沙穂ちゃんだって抗おうともしない。これが現状です」 「……お前は今しか見てないから、そう言えるんだ。あのクラスはずっと平和で、仲が良くて、こんな、今みたいなの、おかしいんだよ」 二人ともとっくに手を洗い終わっていたが、その場にとどまって話を続けた。 「なるほど、梶さんはその平和が好きだった、と。だから元に戻したい、と」 「当たり前だろ」 そう返事はしたものの、みんなの意思に反して俺が動くことは、多分もう無い。 「元に、ねえ。本当に純粋に平和だったのなら、いきなり今みたいな状況になるのは変だと思いません?」 「それは……」 痛いところを突く奴だ。 「お、森也と佐山やん。なに、連れション?」 ……圭輔。 「はあ? たまたま鉢合わせたんや。誰がこんな奴と」 「梶さん、傷つきます」 中断せざるをえなかった話に消化不良を起こしながら、俺は圭輔が用を足すのを待った。彼が「ちょっと待っとって。三人で教室に帰ろう」などと、気持ちの悪いことを言いだしたからである。   「へえ。佐山は一人暮らしかあ」 圭輔が感嘆の声を上げる。トイレからF組までの短い道のりを三人並んで歩く。なぜか俺が真ん中だ。 「一人暮らしって、親の都合で転校してきたんじゃないん?」 「違いますよ。普通に転校してきました」 ……普通に転校ってなんだ。適当に答えやがって。 「ええなあ。一人暮らし。うらやましい。俺もいずれ都会に移って一人暮らししたいなあ」 「家事とか大変だけどね」 「そりゃ残念。圭輔には無理やな」 圭輔からの反論を聞き流し、ドアを開けて教室の中に入る。 「また遊びに行かせてよ。佐山のアパート。あ、てか連絡先聞いてへんやん」 「そうだっけ?」 彼らの会話をぼんやりと聞きながら、俺は沙穂ちゃんの机の前を通過することに気まずさを感じていた。 彼女はひたすら文庫本と向き合っている。 「じゃ、佐山。LINEのID教えてや」 「ああ、うん。紙ある?」 「え!?」 ――いきなりなんだ? 俺は思わず仰け反った。今まで死んだように動かなかった沙穂ちゃんが、顔を上げて、目を見開いていた。
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