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もうじき五月だ。
強めに吹く風が、近所のお家で上げられている鯉のぼりを泳がせていた。
学校までの砂利道を歩く。腕時計が示す時刻は八時十分。今日も余裕で間に合う。最近真面目だ、俺。
しかし眠い。喉の奥にずっと、あくびが待機している。古典の時間に昼寝しよう。あの授業、退屈だから。
「あれ」
『今日の時間割は一時間目と三時間目が入れ替えになります』
なんとなく携帯を開くと、沙穂ちゃんからのメールが来ていた。
彼女は、都留と俺たちの仲介役もこなしている。これも学級委員の仕事なのだとか。だから、こんな風に急ぎの連絡があったときは、都留が沙穂ちゃんにメールを送り、彼女がそれをクラスメイトに一斉送信するようになっているのだ。
この状況で律儀に仕事をこなす沙穂ちゃん。飾り気のない文面に、どんな思いが込められているのかはわからない。ふと、背後から足音が聞こえた。
「あー、森也やーん」
この間延びした声は。少しの緊張に気付かないふりをして。笑顔を作ってから振り返る。
「那子、おはよ」
振り返り終わる前に名前を呼んでしまった気がする、なにを動揺しているんだか。夏休み明けの、久々に友達と会う時の微妙な感じ、あれと似ている。
「なんか、森也と話すの懐かしい気がするわあ」
ワカル。やっぱり那子とは気が合うのかもしれない。
彼女とは、いつも気が付けば一緒に居たのだが、沙穂ちゃん騒動以来話す機会もめっきり減ってしまっていた。
女子の友情というものが、想像を絶するややこしさであるというのは聞いたことがある。今回の件も、その「ややこしさ」が発動した結果なのだろうか。とにかく俺には理解できないものが多すぎる。
どうして那子は黙ってアイの後ろについているのか。そもそもアイは、どうしてあそこまで……。
「そういえば森也さあ、充電器持っとる?」
充電器。といえば、スマホの。中高生なら当たり前の共通認識である。
「ごめん、持ってない」
「そっかあ。どうしよ。忘れたこと家出て十分ぐらいで気付いてんよ。取りに帰ってたら遅刻するしって思ってー」
「なに、やばいん?」
「昨日充電するの忘れて。あと二十パーセントしかないんよ」
「まあ学校行ったら誰かしら持ってるやろ」
那子の「そうやろか」という不安そうな声を聞き流す。スマホなんて最悪使えなくなったって大して差支えないのに、それほど心配するものだろうか。
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