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「おはよーざいます」
挨拶を教室の中に放り込む。すでに登校しているのは、圭輔とアイ、それから佐山。圭輔はいつも早いな。意外だ。
「おう、おしどり夫婦。仲良く揃って登校ですか」
「二人は安定よな」
楽しそうに笑う圭輔と、なぜか拝むようなポーズをとるアイ。
「梶さんは那子と付き合っているんですか?」
「ちがいます」
転校生の勘違いをバッサリ切る。こいつらの話をいちいち間に受けていたら身が持たないだろう。
「こうゆうことかー……」
那子が呟いた。俺以外には届いていないであろう、微かな声。きっと、俺に聞かせる気もなかったのだと思う。独り言だ。
こうゆうこと。そうだな。那子の言葉に頷くように、俺は下を向いた。何事も無かったみたいだ。楽しいクラスの雰囲気。
今この場に「沙穂ちゃんが居ないから」この教室はいつも通りに動いているんだ。
「あ、そや。なあなあ誰か、充電器持ってないー?」
先ほどの言葉を掻き消すように、那子が明るい声を上げる。
「iPhone?」
「そうー。5Sやねんけど」
「俺持ってるけど、5なんだよね。充電器って一緒のやつで行けたっけ」
佐山が白い充電器を取り出す。
「ああ、うん。多分いける。ごめんな、使わせてもらっていい?」
「いいよ、どうぞ」
――あれ?
「おっと」
明らかな違和感が胸をかすめたのと同時に、俺はバランスを崩してよろめいた。背中を預けていたドアが突然開けられたからであった。
「あ、ご、ごめ……。もたれてるとは思わんくて……」
沙穂ちゃん。まるで今から殴られるかのような怯えようだ。なんでだよ。俺アンタに何もしてないじゃん。むしろ助けようとしてたよね? まあ、何もかもに怖がってしまうのも「いじめられっ子」の特徴だから仕方ないが。
やっぱり、彼女の登場は空気を変えてしまう。それぞれの心の騒めきが、見える。
「……なんで来るねん」
舌打ちとともに落とされた言葉。はっとしたように顔を上げた那子に、アイはニンマリと笑いかける。
「フツー学校来るのやめるわあ。なあ、那子。あはは、さすが優等生よな」
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