序章

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男は私の顎を指で支えると、くいと上を向かせる。 上を向いた時に、私の細い金の髪が乱れぎみに舞い落ちた。 「…名前は」 男の言葉にも私は黙りこくったままだ。 いや、ただ答えられなかった。 私の頭の中に、私という情報がすっぽり抜け落ちていたのだから。 つまり。 私の名前。 私の存在。 すべてが無。 「記憶がないのか。まあ、そうだろうな」 男はなぜか、私の記憶がないことが当たり前のように呟く。 そしてすっと私の顎から指を外し、スーツの懐から細い銀の鍵を取りだし、私の腕につけられた手錠を、ゆっくりと一つづつ外していった。
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