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泣いているのかと思った。それほどに香奈の声は震えていた。
「何がダメなんだ? 香奈、大丈夫だから。な? 落ち着こうよ」
それでも香奈は首を振る。
「もう……っ。戻れないよ……」
「香奈!!」
強く名前を呼ばれ香奈の肩が大きく揺れると、堰を切ったように涙をこぼしたが刃物は依然リナに向けられたまま震えている。
「ごめ……っ、ごめんね。リナちゃんは巻き込みたくなかった……。これは私達の目的だから……。でもっ見られちゃった……だから……私は……リナちゃんをっ」
「香奈、アタシを殺すの?」
静かで抑揚のない問いに香奈はぐっと押し黙る。今の状況は香奈が望んだものではなく、むしろ避けたかった。
「私の……両親は九条社長に殺されたの……」
静かに告げられた言葉に耳を疑った。聞き返そうにもなにも出てこない。
「リナちゃん、うちはね……美容室を経営していたの」
声は震えたまま香奈は続ける。
香奈達家族が暮らしていた商店は馴染みも多く、明るく楽しい場所だった。家を出る日が来たとしても必ずここに戻ってくるだろうと思っていた。香奈にとって商店は大切にしたい安らぎの場所だった。
だが、ある日突然すべては崩れ去っていく。賑わっていた商店からは少しずつ人が消えその影響は香奈達の美容室にも及んでいたが、それでも両親はいつも笑顔で踏ん張っていた。
「もう無理かもしれない」
そう言われたのは高校一年の夏だった。唯一の兄妹である兄はやっと就職が決まったばかりだった。自治会さんが死去したのを皮切りに気がつけば周りの家々は取り壊されてもう数える程しか残っていなかった。
香奈の知らない所で土地の買収は進み、両親の努力も虚しく住み慣れた場所を離れる事になったしまった。
渡されたのは多額のお金……
片付けの進まない新しく移り住んだアパートで夜中に父が一人で泣いている背中を香奈は何度も見た。悔しかった、辛かった、理不尽だと感じた。
権力とお金があれば人から大切なものを奪っていいのかと怒りは少しずつ募っていった。
心配した兄が何度も様子を見に来てはやつれていく父に驚いていた。母も「もう一度美容室をやろう」と背中を押してももはや、廃人と化した父は立ち上がることすら出来なくなっていた。
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