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「待たせたな!!」
悪びれる風でもなく大柄の男が入ってきた。
少女はベッドに横たわったまま、窓から射してくる夕暮れ間近の眩い光を見つめている。その瞳は、ただ暗く淀み、冬の海を思わせた。
「てっきり窓から入ってくると思っていたわ。」
抑揚のない声で呟くその顔は白く透き通り、いささか精気に欠ける。
「そいつぁテレビの見過ぎだろ。」
男は、鼻で笑いながら羽織っていたコートを窓の脇の壁に掛け、目についた椅子に腰掛ける。
懐から取り出したタバコに火を点けようとして、あわてて戻すと、
「っとと院内は禁煙だったな」
そうこぼした時、目の端に一輪の花が映り込んだとみえて、聞くとはなしに聞いてきた。
「見舞い客かい?随分とまたかわいらしい花だな」
「今朝看護士さんが庭に生えているのを活けてくれたの。花言葉は『希望』。
少しでも希望を持って生きなさいって言いたかったのかしらね。」
どうでもよさそうに答えながらも、幾分、表情が和らいだように見えた。
「そうか、そりゃその看護士さんにちょいと悪いことをしたな。時間もあまりない、そろそろ行こうか、っとその前に何か欲しいものはあるかい?」
「ないわ・・・いえ・・・ひとつだけ。
でも無理よ・・・
あなたでも手に入らないわ。」
「いいからいってみろ。何が欲しいんだ!?」
「・・・・・・・・・で。」
「あぁん?」
「夏祭りの思い出!!
・・・一度、行ってみたかったの。
それだけ。
でももう無理ね・・・」
2人の間に静寂が訪れる。
少女は男の方を見てはいたが当にその眼は光を失っていた。
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