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中からややしっとりした優しい声が返ってきた。
「あの、久しぶりです。入学前のあいさつに来ました」
「あのときのジュン君ね!ホント、一ヶ月ぶりくらいかな」
扉を開けたのは北条サトコだった。楕円形のメガネを掛け、トロンとした目がかわいらしかった。
「北条さんも、相変わらずだね」
「フフ。これでも受験が終わって食べすぎちゃって、ちょっと太ったのよ。ジュン君、そんなところに立ってないで、さぁ入って」
「お邪魔します。あの、これお土産……っていっても同じ県民だから新鮮味が無いけど」
「そんなことないよ。私、このおせんべいは好きよ」
さっきの古手リカとは違い、なんともいえぬ安心感があった。
間取りは同じで、家具もさほど多くなく、小さなテレビとニトリでそろえたテーブルと座布団、カーテンがあった。
しかし玄関の扉を閉めたとき、まず感じたのは鼻を突く刺激臭だった。
「この匂い、どこかで匂ったことがあるような……」
「ジュン君、これは生姜(ショウガ)よ」
「生姜?」
原因がわかると、さらに匂いが強くなったような気がした。
「ジュン君、そんなところに立ってないで、上がってゆっくりしてよ。いま、お茶を煎れるから」
落ち着こうと努力はしたが鼻がだんだんとかゆくなってくる。部屋には生姜の匂いが充満していた。
しかしサトコは気になっていないようだった。
「何を鍋で作っているの?」
明らかに匂いの根源はその鍋だった。
「ん、これ?冷やし飴だよ」
「飴って、煮詰めて作るの?」
するとサトコはクスクスと笑った。
鼻につく匂いさえなければ、その妖艶さに酔っていたが、今は生姜の匂いに酔っていた。
「冷やし飴っていうのは飲み物よ。麦から作った水飴に、私のだぁいすきな生姜を風味付けで入れたもの」
ジュンの頭の中にひとつの記憶がよみがえってきた。今年の正月、学業成就のため寺にお参りに行ったが、そのときお守りを買った人に茶色く甘い飲み物が配られていた。たぶん、あれが冷やし飴だった。
「そうだ!お茶よりも冷やし飴、飲む?今完成したばかりなの」
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