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サトコはせっせと二つの湯飲みに冷やし飴を注いだ。しかし湯飲みからは湯気が立ち上っていた。
冷やし、というよりも熱し飴だった。
「どうぞ」
サトコはそう言ってジュンの座っている前にその飲み物を差し出した。
「あの、北条さん。湯気、たってますけど……」
「あったかいくらいがちょうど良いの!香りが、とっても良いでしょ?」
サトコは嬉しそうに飲んでいた。
湯飲みの上から覗き込んだが、生姜の匂いで窒息しそうだった。だが目の前の美女がわざわざ差し出してくれた飲み物を拒否するわけにはいかなかった。
「アチチチッ!」
一口飲んだとたん、舌に電気を流したような衝撃が走った。
「だ、大丈夫?」
「ごめん、俺、猫舌で」
ジュンが言ったことは言い訳ではなかった。正真正銘の真実だった。
「それじゃあ、私がフーフーしてあげる」
サトコはジュンにどうしても冷やし飴もどきを飲ませたいらしい。
ジュンから湯飲みを受け取ると、口で息を吹きかけて冷やそうとした。湯気が吐息でなびいた。
その様子は際限がないほどにかわいかった。
「あ、ありがと。もういいかも」
「ヤケドをしないように、ゆっくり飲んでくださいネ」
首を傾けて『ネ』と言うのは、男にとっては即死級のテクニックだった。
ジュンはゆっくりと冷やし飴もどきに口を付けた。多少温度が下がっているが、猫舌のジュンが飲める温度ではなかった。しかしここで再び熱い、と言ったら冷やし飴もどきを拒絶していると思われかねなかった。
ジュンは一気に飲み干した。
「どう?」
「おいしかったよ」
味なんてなにも感じていなかった。美女の前ということもあり、つい嘘が出てしまった。嘘も方便、とはこのことだった。
「そう!また作りますね」
「北条さんは、生姜が好きなんだね」
好感をさそう無難な話題はそれぐらいしか思いつかなかった。
「うん、大好き!実家が農家で生姜をたくさん栽培していて。だから小さい時からたくさん食べていて」
「へえ、健康的だね」
「ジュン君は生姜について知っているの?」
「なんとなく、生姜って体によさそうだし。前、あるある大辞典で紹介してたから」
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