新生活

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「生姜って言うのは、もともと古代中国で漢方として利用されてたの。効用は発散、健胃、鎮吐作用。発散って言うのは、風邪の初期症状を和らげること。健胃、鎮吐作用っていうのは胃腸の機能が低下したときに効果を発揮するのよ」  サトコはつまることなく、一気に言った。 「すごい、覚えてんだ」 「これ、生姜農家の娘なんだから覚えなさい、ってお婆ちゃんに言われてね。あ、ちなみに実家は江戸時代から生姜を作ってるんだ。だからお婆ちゃんもこだわりが強いの」 「生姜なんて、冷麦を食べる時くらいしか使ったこと無いからなぁ」 「ジュン君は人生の半分を損してるよ。生姜はもっと味わって食べる食材よ」 「……はい」  圧倒的な説得力のあるセリフだった。ジュンはその一言しか出てこなかった。 「料理なら、そうね……焼きそばとかたこ焼きの赤い刻んだやつは生姜よ。あと、生姜焼きのときに、漬けダレに生姜を混ぜるし。あとは……」 「どれも脇役だね」  さりげなく言ったが、返ってたのは今にも泣きそうなサトコだった。 「あっ!あっ!ごめん。脇役なんかじゃないよね。生姜があるから生姜焼きはおいしくなるもんね。生姜は主役だよ、主役」 スラスラと饒舌を振るうようになったのは、長かった受験勉強で鍛えられた知能だと思うときが時々あった。この時も同じだった。  必死の挽回のかいがあって、サトコの涙はなんとか帰還した。 「だよね、生姜がないと夏を乗り切れないってよく言うよね」 「う、うん、そうだね」  むしろ夏を乗り切るのはニンニクだ、と心の中で叫んだ。 「やっぱりジュン君って良い人なんだね」 「今まではどういう印象だったんだい?」 「んんん。インテリぶってるっていうか、理屈っぽいっていうか、なんとなくそんな感じ。でもジュン君は私と同じ生姜愛好家って……」 「……言っていない」  ジュンは自分でも聞き取れないような蚊の鳴く声で言った。 「……生姜愛好家っていうことが分かったから、プレゼント!」  サトコは押入れを開け、布団の下に押し込まれた段ボール箱を出した。中にはぎっしりと生姜が詰まっていた。
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