婚約

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金切声を上げ、怒鳴るように言う母親に久遠は冷めた目を向ける。 「愚にも付かぬ方ですね……いいえ、愚の骨頂だ。大方詞子をどこかの富豪の元に愛人として渡す気だったのでしょう?それなら彼女は『御影組』がいただきます。」 「ふざけないでっ!!私はあの子を愛人させる気はないわ。あの子を貴方の婚約者にするために私がここに奉公させたとでも言うの?違うわよ。あの子を……あの子を死なせるために、ここに働かせたのよ。」 母親の言葉に怒りが込み上げてくるが、久遠は拳を強く握り締めることで落ち着く。 「……どういう意味です?」 「私は詞子が憎いの。」 「は?」 「あの人は詞子を溺愛してたわ……詞子はとても可愛かったし、気遣いがよく出来る良い子だったわよ……だから溺愛するのは当たり前だとずっと私は思ってたわ。『あの日』までは。」 久遠は沈黙で続きを促す。 「『あの日』、私が仕事から帰って来たら……あの人は……あの人は、詞子を包丁で刺していたわ。」 久遠と氷室の二人はその事実に喫驚し、久遠は何故かその内容に含蓄のような曖昧な存在を感じていた。
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