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「…んなわけあるか。またそう簡単に騙されやがって」
そう言った夏生の声には抑揚が感じられない。
呆れているのか怒っているのかは、顔を見ていないからわからない。
「…あの人のお母さん、ミナコっていうんだって。そのミナコさんには、ハルっていう子供もいるんだって」
「ミナコとハルの母娘がこの世に何組いると思ってんだ」
「……そうだけど、」
「それに、あいつも自分で嘘だって言ってたろ」
「それは、違う。嘘じゃないよ…。だって、わらしだって…」
「じゃあもしそうだとしたら、お前は何が言いたいんだよ」
静かだけど突き放すような強い口調に身体を強張らせる。
それに気付いたのか、夏生は気まずそうに自分の首の後ろを撫でた。
…夏生が怒るのも無理はない。
でも私は、今からさらに怒らせるような事を言ってしまうだろう。
「…許してあげて欲しい」
どう思われてもいい。
ただ、航一さんを庇いたいことだけは確かだった。
夏生から浴びせられる視線が侮蔑を孕んでいるかのような冷たいものに感じ、背中を汗が流れた。
心臓がバクバクと嫌な音を立てて私を追い詰める。
胸が苦しい。
苦しくて、今優先すべきものがわからない。
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